全サッカー少年の憧れよみうりランド

 1966 (昭和41)年より読売全国選抜大会として行われ、石川県選抜チームも1972 (昭和47)年第7回大会より参加、第10同大会で3位の栄冠を受けている。
 1977 (昭和52)年第1回全日本少年サッカー大会となり、石川県からは符津が福井県代表に勝って北陸代表として出場、翌第2回大会より各県代表48チームによって行い日本一を競っている。
 予選リーグは6チームずつ8組に分かれ、3日間で試合行われるが、東北、北海道、東海北陸、近畿、中国四国、九州と同一地域同士の試合を避け、各地域から1チームずつ各組に入り全国のチームとゲームする事が出来る。各組1、2位がベスト16決勝トーナメントに道む。1999(平成11)年第23回大会から一次予選は4チーム、12ブロッ ク、更に二次予選は3チーム4ブロック方式を取り入れている。
 1年で最も暑い時期、夏休み、東京読売ランドで各県代表48チーム720名の選手は開会式から閉会式までの1週間、同じ宿舎で生活する。(現在では一次予選敗者は帰る)朝6時起床、6時半全員が朝の集い、点呼、ラジオ体操、朝食、試合、昼食、試合、入浴、洗濯、夕食、夜7時半〜9時の夕べの集い、チーム交流会、10時就寝と、1週間は試合のほか、集団生活も経験する大会でもある。
 少年サッカーの指導者は、日頃から環境が変わっても食べる、寝る、排出する、掃除、洗濯、身の回りの整理整頓をするなど日常生活に必要なことがしっかり出来るように訓練しておかないと、予選通過どころか、選手の体調不良、故障者が生じる事になる。少年サッカーの指導者とすれば、選手全員がこの大会で開会式まで無事に過ごし、しかも良い成績を残せれば大成功であり、最終の指導目標を達成したこととなる。
   子供達にとってもこの1週間の体験は生涯忘れることのない思い出となり、一回り大きく、たくましく成長する大会ともなる。
 本県では符津(3回)、金沢南(15年連続20回)、押水(2回)蕪城(1回)の各チームが県代表で出場しているが、第1回〜第5回の当初は本県をはじめ地域レベルの較差は大きく、先進県の関東、東海、近畿、九州との実力の差は歴然としていた。
 第6回、第7回大会で金沢南が日本海側の雪国のハンディを乗り越えベスト8へ進出、全国との力の差が少しずつ接近しはじめた。
 第10回、12回、15回、18回大会で金沢南がベスト16へ進んで健闘している。北信越でも第11回大会平章(福井)が、第17回大会では中条(新潟)、第18同大会で松本(長野)、立山中央(富山)、金沢南の3チームがベスト16への決勝トーナメントヘ選んでいる。
 その他特筆すべきは、俗にサッカーどころと言われる代表チームに互角に戦い勝利を収めたことやサッカーエリート達が集うチームに競り勝ち、地方の名も無き少年団チームが撃破し全国ニュースになったこと等があげられる。
 また、各県代表720名の中から毎年30名の優秀選手をこの大会で選んでいるが、これまでに金沢南から11名選出されており、そのうち9名がFW・MFから出ている。
 第20目を数えた今日、全国の力がますます接近しており、1点の大切さ、1点の怖さを思い知る大会でもあり、目の放せない厳しいゲームの連続である。

 よみうりランドには沢山の夢やドラマがある。 
  次回は当時の選手(データ)を掲載する予定です  
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